<旅行記>

 


北海道(走行日数20日<フェリーの移動を含める>)

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旅行記

2010年08月08日(日)  <走行距離:89.73q>  <天気:晴れ>
青森県むつ市〜北海道上陸(知内町) <北海道周回1日目> <走行27日目>
 青森県むつ市内のキャンプ場を6時に出発。この日からいよいよ北海道走行に入ります。

 むつ市のキャンプ場を出発すると、海岸線に並行する279号線を通り大間町へと向かいました。マグロ魚で有名な大間港からフェリーで函館まで移動した後、キャンプ場を目指すものです。

 昨夜のキャンプ場で得た青年の情報では、函館へ向かうフェリーの便が14時過であることが分かっていました。なのでこの時間を念頭においての走行でした。つまりゆっくりした走行でいい、そのような感覚でした。

 ところが走行途中、フェリーの便が「大間港発、11時30分」であることが弟の連絡で明らかになりました。この連絡を聴き、頭から冷水を浴びせられた思いがしました。この便を逃すと、最終が夕方になるので、例え函館へ渡ったとしてもそのあとの行動が難しくなるので、当然、大間に留まるしかありません。

 11時30分に乗船するためには、最低でも10時30分までには大間港に着かなくてはなりません。例えこの時間に着いたとしても、乗客が多ければ乗船できる保証などありません。それに「電話予約は受け付けていません!」とのことでしたので、とにかく一刻も早く港に着く必要があります。

 弟から受けた連絡の後、死に物狂いで走行したものです。その甲斐あって、予定よりも早い時間に着くことが出来ました。到着後は、体力も消耗し尽くしたうえに足もガタガタです。ターミナルに着くと乗船手続きのため大勢の方が並んでいましたが、とにかく乗船切符を手に入れることが出来き、ホットしたものです。

 船内では、山梨県出身の20歳の青年と知りあうことができました。彼も自転車で日本一周をされているところで、本州のほぼ全域を走り終えていました。後は北海道周回をすると、関東の自宅を目指して走るのみでした。彼は、各都道府県庁にも立ち寄っていたので、すごいですね。
 
 函館に着いたのが13時15分でした。下船の後、彼と別れると函館から時計回の周回に入りました。目指す場所は、知内町にある「知内スターヒルズキャンピングヤード(=左写真のキャンプ場)」です。函館港フェリー乗船場から45Kmの位置になります。

 知内町までは、海岸を並行する国道228号線を走りますが、道は平坦で、「やはり北海道は、いいな〜」となんだか鼻歌まじりで走ったものです。これまで走ってきた道とは、明かに違うことに気付きました。走っても走っても平坦な道が続くので、幸せ気分に浸りました。

 お風呂は、キャンプ場手前にある「ビユウ温泉のとや」で入浴。キャンプ場に着いたときは夕暮れでした。単独野営は私だけでした。

 周辺を見回すとすぐ近くは森です。「ここは本当にクマがでないのかよ・・」とあらぬ心配をしたものです。北海道の人はクマに対してタフですね。熊のことを気に留めるだけでもストレスがたまります。


2010年08月09日(月)  <走行距離:121.16q>  <天気:晴れ、一時小雨>
北海道(知内町)〜江差町 <北海道周回2日目> <走行28日目>
 出発する間際、管理人の方がキュウリの漬物を二本持って来てくれました。走行途中、それを丸かじりしたところ、実に美味しかったですね。旅を続けていると野菜とは無縁な生活を続けているのでキュウリと言えども、とびきり美味しさを実感したものです。

 知内町のキャンプ場を出ると、海岸に並行していた国道228号線は、一旦、知内町から内陸へと入り込みます。途中「道の駅しりうち」がありましたのでトイレ休憩のため、立ち止まりました。すると、道の駅正面でテントを設営しています。テントそばには自転車があり、自転車の装備を見る限りどうやら私と同様の長旅を続けているようです。テントそばの建物を利用してヒモを張り、洗濯物が干されていたので、どうやら旅慣れているようです。

 内陸部の峠を越えると国道は再び沿岸に出ます。そこは津軽海峡線が青森県龍飛崎から青函トンネルで結ばれて列車が地上に出る場所となる北海道福島町になるところです。この町に「道の駅横綱の里ふくしま」があります。道の駅の傍には元横綱千代の山&千代の富士の出身地にあたるようで、祈念館がありました。そこで朝稽古が行われていました。入館料700円でしたが、時間の関係で入館することはしませんでした。

 「横綱の里ふくしま」を出て暫らくすると雨が降ってきました。白神岬を過ぎると松前町になりますが、町内に「道の駅北前舟 松前」があります。雨から逃れるためそこへ立ち寄りました。ここで小樽市出身の方と話が弾みました。仕事の関係で大阪・岸和田市へ数回出向かれたというものでした。

 さて、昆布といえば日高町を思い浮かべますが、この海岸線でも昆布の収穫が盛んに行われていました。特別大きな港があるわけでもありません。国道沿の防波堤外海に面して傾斜を設けて昆布収穫用の小舟を引き上げる場所が設けてある程度の質素なものです。

 収穫した昆布は、小さなクリ石が敷き詰められた平地の上に整然と並べられて、自然乾燥させていました。昆布収穫がこの地域の生活基盤となる大切な収入源になっているようです。

 福島町を出るとトンネルに出くわします。東北沿岸沿いのトンネルは路肩が悪かったので、ほんとに危険を感じたものです。でも、北海道のトンネルはすごく整備が行き届いていますので、自転車を路肩いっぱいに寄せて走行しても安心でした。それにしても、日本海側のルートはトンネルが多いですね。北海道の日本海側は雪が多いはずなので走行ルート上、傾斜を避けるためトンネルが多くなっているのでしょうか。

 過去、積丹半島の国道229号線で岩盤崩落事故があり、このとき路線バスが巻き込まれ多くの死者を出していたので、あまりいい感じがしませんでした。

 北海道もこの地点まで来ると、「熊 出没注意」の看板が目に付くようになります。この看板を見て以来、熊に対する警戒心が強くなったものです。さすがに北海道です。ヒグマは気性が荒くて、人間を見ると襲ってくるそうです。備え付けの鈴をよく鳴らしたものです。時には笛を吹くこともありました。

 この日の目的地は、江差町役場を通過した地点にある「道の駅江差」です。ところが道の駅に着いたものの場所として、どうもいまいちです。やむを得ず江差港まで引き返しました。なんとかなる、と判断したのです。それが左の写真です。なお、道の駅を過ぎたところに「繁次郎温泉」がありましたので、そこで旅の疲れを癒すことが出来ました。

 江差港に着くと、関東出身の青年が既に岸壁でテントを設営しているところでした。私もその傍にテントを設営しました。すぐそばは海水浴場、その傍にお手洗いもあるので困ることもありません。それにしてもすごく美しい港でした。江差港からは、奥尻島へ向かうフェリーが運行されています。

 先着の青年は、宗谷岬を目指しているところでした。彼の言葉の端々から、自転車についてかなりの知識を持っていることが分かりました。ほんとに良く話し込みました。


2010年08月10日(火)  <走行距離:89.56q>  <天気:晴れ>
江差町〜瀬棚区本町 <北海道周回3日目> <走行29日目>
 この日も早朝の出発でした。とりあえず雨も降らず、寧ろ暑い一日でした。
 
 三陸海岸を走る過程で足のふくらはぎがすごく腫れていたことについて既に書き込みましたが、そのとき整骨院に立ち寄ったほどでした。ただ、痛みはありませんでした。とにかくすごく腫れているうえに、かゆみに悩まされました。走行途中、薬局を見かけたので立ち寄り相談してみたところ、女性の薬剤師さんでしたが患部に手を当てると「熱があります。かゆくないですか・・・」と問いかけてきました。かゆみの原因につて「これは虫さされによるものです・・・」ということで、差し出されたのが、熱を取り除くための冷シップと虫さされの塗り薬でした。早速買いました。

 この日の夜、すぐ湿布をしたところ、確かに腫れが引き出しました。どうやら薬剤師さんの所見が正しかったようです。

 虫刺されの原因ですが、夜間、外で長い時間話し込んでいるうちに蚊に刺されたことに加えて、上り坂になるとスピードが落ちるので、そのつどアブが足元や首に寄ってきて刺されていました。どうも私は虫に弱いことが分かりました。
 
 さて、左の写真は、瀬棚区本町内にある三本杉海水浴場です。本当はこの近くにあるキャンプ場に行く予定でしたが、その場所が小高い丘の上なので諦めました。そこで目にしたのが海水浴場です(左写真)。砂浜が美しい上に、海水浴場の両サイドにある小さな小島が景色の美しさを一層引き立てていました。その砂浜に沢山のテントが設営されていていたので、私も早速テントを設営しました。やはり北海道は違う。

 ところが、夜まではすごくいい天気で雨など予想もできないほどでした。それが、深夜になると雷が鳴り始めました。ここから携帯の天気予報とにらめっこです。これはだめだと思い、慌ててテントの収納に取り掛かりました。そのあと、3時45分になると大雨になりました。この日の雨の始まりです。それでも北海道の方は、テントを収納する気配がありません。短い夏を目いっぱい謳歌していることを感じたものです。


2010年08月11日(水)  <走行距離:113q> <天気:一時ゲリラ雷雨、終日雨>
瀬棚区本町〜岩内町(道の駅いわない) <北海道周回4日目> <走行30日目>
 昨夜の眩しいほどの夕日は、いったいなんだったのか〜、と叫びたくなるほどに天気が一変しました。朝4時前にはテントを収納。早朝からとんでもないゲリラ雷雨になりました。それでも雷が収まりましたので、ここに留まっても寝る場所がない以上、とにかく出発しるしかありません。それに天気予報では、この日は終日雨です。目指す方向に国民宿舎の存在が確認できていたので電話をしてみたものの「満室」とのことです。諦める以外、仕方がありません。

 海岸線を走っていると、海沿の一部でテントを見かけました。北海道の方は、雨なんか一向に気にしていません。どれほどの大雨になろうとも、テントを設営したままでその場所を微動だにしません。短い夏を思いっきり満喫しているのでしょうか。
 
 目指すは、岩内町にある「道の駅いわない」です。このとき私よりも年配の男性がママチャリで逆周回中のところに出会いました。北海道だけ、とはいうものの、ママチャリで上り坂は大変なことです。北海道を周回していると、本当に色々な方との出会いがあるものです。

 走行していると、時間的にもちょうど正午でしたが、 走行する国道のそばで、港に面したところに海鮮料理の看板を掲げたお店が目に付きました。なんと言っても北海道ですから、ハンドルを握る手も自然とお店へと吸い込まれるように向かってしまいました。暖簾をくぐると畳の座敷があり、長いテーブルが並べられていて、けっこうな客でに賑わっていました。ちゅうちょすることなく、ウニ丼を注文したのです。この旅、2度目の贅沢な食事です。

 ただ、食べながら思ったのですが、マグロのトロではないけれども、ウニ独特なとろけるような甘みを含んだ触感を期待したのですが、舌鼓ができるほどには程遠かった、というのがこの時に印象でした。それに、本場なのだから、もう少し安い値段で提供できないものなのだろうか、と思ったものです。以後、贅沢な食事はしないことを心で誓ったものです。

 なんだかんだと言いながらも、、ウニ丼を平らげると、次の目的地に向けて出発です。雨は結局、終日、止むことがありませんでした。この日の泊る場所は「道の駅いわない」です(写真)。雨は降っていたものの道の駅で辛うじて雨宿りの出来そうな場所がありましたので、そこで寝ることにしました。左の写真のように長イスが数脚ありましたので、転び落ちるのを防ぐためイスを並べて使いました。イスの下に蚊取り線香を焚いておきました。

 道の駅の傍には幸いコインランドリーもありましたので、洗濯を済ませることが出来ました。本当に助かりました。

 それにしても、雨に加えて外で寝る訳ですから、北海道の夜は寒かった。深夜になるとあまりの寒さに体が震えてくるほどでした。幸い近くにコンビニがありましたので駆け込み、カップヌードルを買って食べると同時にホットコーヒを飲むほどでした。ささやかな暖をとる手段でしたが、なんでもいいからとにかく暖かいものがほしかったのです。夏でも北海道での野営はほんとに寒い。夏でこれだから北海道での冬の暮らしは無理であることを悟ったものです。

 なお、この時は当然、原発について無関心でしたが、岩内町の隣が原発のある「泊村」になります。


2010年08月12日(木)  <走行距離:119.5q> <天気:夕方まで豪雨>
岩内町(道の駅いわない)〜小樽市街(小樽温泉オスパ) <北海道周回5日目> <走行31日目>
     昨日の早朝から降りだした雨ですが、出発の朝になってもまだ降り続いています。夏だというのにしつこい雨の降り方です。

 腫れていた脚について、原因が薬局の方の所見で「虫さされ」であることが判明したので、一昨日の晩からサロンシップ(冷感)を貼ったところ、腫れが一気に引きました。念のため、出発前に再度、貼り替えておきました。腫れの原因が確かに虫刺れであることが明かになりました。やれやれです。

 この日のコースで最も楽しみにしていた観光地のひとつとしていたのが、積丹半島の先端にある神威岬でした。それがこの場所を走っているときは運の悪いことに、大雨でした。なので、立ち寄ってみても写真を撮ることができないのでしぶしぶ素通りするほど、よく雨が降っていました。とても残念でした。

 幸い小樽市街に入った頃には、さすがに雨も上がってくれました。小樽駅近くにあるコインランドリーに立ち寄り洗濯を済ませると、この日、泊る場所となる健康ランド「小樽温泉オスパ」へと向かいました。

 ところがここの健康ランドは、食事と休憩室(仮眠室)が同じ場所なので、食卓用のテーブルが畳の間に置かれたままです。おまけに、この日の夜は、学生らしき若者が大勢利用されていたので、寝る場所を確保するのもままならないほどでした。それに、お風呂の手入れがまったく行き届いていません。申し訳ありませんが二度と利用したくない健康ランドでした。

 地元の方もこの事情を熟知していたようで、私に他の温泉を教えてくれたものです。でも24時間営業と違うので、個人的には利用できませんでした。

 地元の方の情報では、小樽市内に24時間営業の健康ランドが二軒あったそうですが、今は人口減少に加えて若者が就職先を札幌市内へ求めて行くので、今では一軒になったことを打ち明けてくれました。小樽と言えども人口減少が起きているわけですよね。

 健康ランドの場所は、南小樽駅の近くで、港湾に新日本海フェリーターミナルのある付近でした。


2012年08月13日(金)  <走行距離:135.15q> <天気:晴れ>
小樽市(小樽温泉オスパ)〜石狩市(浜益区柏木キャンプ場) <北海道周回6日目> <走行32日目>
   この日は、石狩市内の川下海水浴場にあるキャンプ場を目指して走りました。目的地に向かう走行途中、初めて大阪の青年と出会いました。距離的な問題もあることはたしかですが、それにしても出会う青年のほとんどが関東出身の大学生でした。「どうなってるのかな・・・関西の大学生」と思わず考え込みました。関東の青年は本当に行動力があります。

 札幌市内に入ると、岐阜県の大学生と出会いました。彼は、宗谷岬まで自転車で走り、帰りは列車で輪行して帰るというものでした。
 
 この日も予定どおりの場所に着くことができました。キャンプ場に着くと、すでに利用客でいっぱいでした。とにかく所狭しと”華やかな緑のジュウタン”の上にカラフルなテントの花”が咲き乱れているような感じです。様々な色のテントが見事なまでに鮮やかでした。この夜は、多くの方がおられたので、なんとなく安心して寝ることが出来たものです。
 
 ご覧のように、芝生もすごく手入れされています。そのまま芝生の上でゴロ寝が出来るほどでした。芝の色が眩しいほど輝いていました。
 
 お風呂は、この場所から国道451号線を、およそ4Kmほど内陸側へ向うと滝浜地区がありますが、そこにある「浜益温泉保養センター」で入浴することが出来ました。ところがここを二往復したため、この旅、初めての風邪を引いてしまいました。どうやら、入浴のあと自転車で走ったので湯冷めをしたようです。天気は良かったのですが、夜の北海道、とにかく冷え込みましたから。それでも幸い風邪薬を3回飲ことで完治しました。

 北海道の夜は、本当に冷え込みます。


2010年08月14日(土)  <走行距離:136.14q>  <天気:晴れ>
石狩市(浜益区柏木キャンプ場)〜初山別村(みさき公園キャンプ場) <北海道周回7日目> <走行33日目>
 この日の移動は、初山別村内にある「みさき公園キャンプ場」でした。この場所は岬の少し小高い丘にあります。天文台もあるところです。近くには「道の駅ロマン街道しょさんべつ」があり、温泉設備もあります。お陰で入浴と食事を済ませることが出来ました。

 この場所に着くと、なんと昨日、札幌市街を走行している時に出会った岐阜県出身の大学生と再会することが出来ました。写真右側のブルーテントがそうです。

 彼は、宗谷岬を目指していました。そのあと輪行により列車で岐阜へ帰る旅です。大学生活最後の夏休みを自転車で北海道を縦断する旅でした。

 ところで彼は、あと二日も走れば目的とする宗谷岬に余裕で着けるものを、時間的余裕があったので、前後輪のタイヤの入れ替え作業に取り掛かりました。前後輪を取り換える理由がないわけですから、そのままにしておくべきでした。結果として慣れないことをしたため、前後輪のタイヤの入れ替えをする過程で、双方のチューブのいたるところに傷をつけてしまい、パンクをさせる結果になりました。

 彼の予備部品でパンク修理が出来なくなりました。幸い私の持ち合わせていたもので、辛うじて修理が出来ました。それに、私が大きな空気入れを持っていたことが良かったですね。彼もこのようなことを体験したことで何かを学んだはずです。自転車の旅は、学校の勉強のように答はありません。すべて自身の判断で行動するしかありません。まさにサバイバルのような行動です。

 ところで私もこの日の移動中みごとに2回もパンクをさせてしまいました。これで7回のパンクです。それも2回目は、なんと修理後わずか1時間経過してのパンクです。さすがにこのときは心が落ち込みました。


2010年08月15日(日) 走行距離:122.91q> <天気:晴れのち、夕方から大雨>
初山別村(みさき公園キャンプ場)〜稚内(ライダーハウスみつばちの家) <北海道周回8日目> <走行34日目>
 みさき公園キャンプ場を昨夜共にした青年と出発。ところが出発後、コンビニへ入り、さて出発しようと自転車にまたがると、なんと、この旅8回目となるパンクをしたではありませんか。どういう訳なのか、休憩のため自転車から降りた後、出発をしようとした時によくパンクをしていることが多いように思います。それにしても、昨日から3回目となるパンクです。

 このときは、さすがにチューブ、タイヤ共に交換しました。8回もパンクすると、残りの距離を考えると、これから先まだ何度パンクをするのだろうか?と 緊張の糸が切れそうになりました。パンクをすると荷台に絡めてある荷物のすべてを降ろして修理。終わると、また積載しなければなりません。ほんとに面倒です。

 パンク修理の後は、稚内を目指してひたすら走りました。この日の夜は、稚内市街にあるキャンプ場で野営をする予定でした。

 ノシャップ岬に着くころは、「さすがに寒いなあ」、そのような天候でした。この後、市街地へ引き返す途中で、コインランドリーで洗濯を済ませると、港の一角に「稚内副港市場」がありますが、そこの2階に「港のゆ」の温泉施設がありましたので入浴することが出来ました。

 ところで、温泉に入ると、やけに異国の方が入浴されています。「どうしてこんなに外国の方が多いのだろうか?」と不思議に思いました。この謎が、後ほど解けたわけですが、それは、ロシアから稚内に向けて海産物が輸入されていることから、ロシアの船員さんがお風呂を利用されているからでした。なるほど〜納得。

 入浴を終えて外に出てみると、なんと雨が降っています。これは予想外でした。地図で確認すると比較的近い場所にライダーハウスのあることが確認できたので、とにかくそこを探し求めて雨の中を走りました。

 町の方に聞きながら、なんとかたどり着いたのが「ライダーハウスみつばちの家」でした(左写真)。家の中に入ると同時に、大雨になってきました。トタン屋根に落ちる雨の音が聞き取れます。いや、それにしても危機一髪でした。私がここを訪れた後、ライダーの方が3人、掛け込んできました。

 ライダーハウスには、管理人の男性が住み込んでいます。この方がとても人当たりの良い方でしたので、居心地が良かったものです。話によれば、「以前は利用客の皆さんが、朝まで語り明かした」そうです。それが今は、時代を象徴するかのように、携帯電話に夢中になり語り合う時間さえも無くなったそうです。

 室内の壁を見ると、所狭しとばかりに、過去、利用された皆さんが思い思いの感想を紙に記して、それを壁に貼り付けていました。日付を見ると、それはとてつもなく古い時代にまで遡るほどのものでした。ライダーハウスの歴史を物語るものでした。

 写真はライダーハウスの正面です。出発の朝、関東から来られていた旅人のお兄さんから、「熊に食べられないように・・・」と、軽いジョークの言葉を受けてお別れをしたものです。

 (※)稚内で宿泊するひとつの場所として、海岸に「稚内港北防波堤ドーム」で野営ができるそうです。雨天でも大丈夫のようです(後ほどの情報から)。


2010年08月16日(月)  <走行距離:98.86q> <天気:晴れ>
稚内(ライダーハウスみつばちの家)〜浜頓別町(クッチャロ湖畔キャンプ場) <北海道周回9日目> <走行35日目>
 昨夜の雨も朝になると幸い上がってくれました。朝から、みつばちの家の別棟にあるコインランドリーで洗濯を済ませてから出発しました。予備チューブの持ち合わせが心細くなっていたのと予備タイヤを昨日使ってしまったので、出発前に自転車店に行く必要がありました。自転車店がお休みでしたが、みつばちの家のご主人が、自転車店に電話をしてくれたので伺うことができました。

 訪れてみると、いずれも定価が割高であることに気付きました。取り合えずタイヤの購入は諦めて、予備チューブだけを買っておきました。それにしても、どうしてここのお店に予備タイヤがあったのでしょうか?他ではなかったはずなのに不思議です。

 さて、この日は、いよいよ本州最北端の地である「宗谷岬」に到達です。そのあとクッチャロ湖畔(浜頓別町内)にあるキャンプ場を目指すものです。

 宗谷岬へ着いたときは、「ついにやった!」と心の中で自分のなしえた偉業を自身で称えたものです。自転車で大阪から宗谷岬まで来たわけですから。さすがに感無量で、妙に感傷的な気分なっていたものです。ここで反時計回りで日本一周を目指している関東出身の青年と出会うことができました。彼は西側を既に回り終えていましたので、あとひと頑張りで目標達成でした。お互いが情報交換をしたあと、お別れをしました。

 宗谷岬から国道238号線を走行。途中、国道から脇道になる浜猿払(エサヌカ線)に入りました。この道は牧草地帯の中を約36Km、ほぼ一直線に伸びる道路です。車もほとんど走らないので安心です。それになんと言っても自然が満載で、時にはシカやタカ、キタキツネ等に出会うこともできました。これぞ北海道の醍醐味だ!! と思わず叫びたくなりました。すべての疲れが一瞬にして消え去った瞬間でした。

 でも、前方が見えているはずの景色ですが、走っても、走っても続く直線道路、美しい自然であっても「おい、まだかよ〜」といや気がさしたものです。ほんとに北海道は壮大であることを実感したものです。

 宿泊場所となるクッチャロ湖畔キャンプ場は、かなりの風が吹いていました。湖面から吹き抜ける風が暴れ放題です。なので、風の吹く方向を確認したうえで、テントの設営位置を考えなければなりませんでした。

 キャンプ場傍には「はまとんべつ温泉(ホテル)」がありましたので、入浴と夕食を済ませることが出来ました。それにキャンプ場内には洗濯機もありましたので助かりました。この日の走行も無事終わりました。


2010年08月17日(火)  <走行距離:168.67q>  <天気:晴れ>
浜頓別町(クッチャロ湖畔キャンプ場)〜紋別郡興部町(道の駅おこっぺ) <北海道周回10日目> <走行36日目>
 北海道は広大な土地です。自然を満喫するには最高ですが、その一方で走行ルート上で、なにもない、となれば、とことんありません。目に付くものは牧草地帯のみです。なので飲み物や昼食について、ときには事前に備えをしておくことも必要です。コンビニは勿論ですが、自販機も一切ありません。走っても走っても同じ状況が続きます。まぁ、自転車走行なので余計でしょうけれど。これが北海道の現実です。
 
 私はこれまでの体験をもとにして、兎に角、出発したその日にコンビニを見つけると、すぐ翌朝と昼食のパン、それにお茶を買い込んで走っていました。腹が減ったときの非常食品の役割も兼ねていました。なので私の自転車のハンドルには、パン等を入れたビニール袋が常にぶら下げていました。
 
 さて、この日の夜は、湧別町内にある「道の駅おこっぺ」の芝生内での野営でした。本当は道の駅の外れに上湧別五鹿山公園があるので、そこにあるキャンプ場で野営をする予定でした。

 やっとの思いでキャンプ場を探し求めて辿り着きましたが、そこはエド松?の密林のようなところでした。高木で覆われた密林そのものです。どう見ても公園とは思えません。まるでテレビで見る外国の世界です。仮にここで野営をするにしても風呂に入り戻るころは真っ暗になっています。なので、真っ暗な密林の中を歩くことになるので、やめることにしました。それに、どうしても熊の存在が脳裏をかすめてなりません。へたれだ〜

 管理棟で「ここは熊が出ませんか?」と尋ねると、「これまで出たことがありませんよ」とにべもない答が。それにしても、北海道の方は熊に慣れています。さすがです。というのか、私がへたれな爺さん、だけのことですか。
 
 他にライダーの青年が二人いましたが私が引き揚げると、二人も同じように、そそくさと立ち去りました。熊慣れしていない関西人としては、どうしても熊の影が脳裏をかすめてしまいます。申し訳ございません。
 
 キャンプ場からそれほど遠くない位置に「道の駅かみゆうべつ温泉チューリップの湯」がありますので、そこまで戻りました。そこにある温泉で午後10まで入浴。そのあと、芝生にテントを設営しました(写真、本当は禁止でした)。それにしても、周辺に何もありませんので、強い風がテントを直撃でした。風でテントが「パタパタ、パタパタ」と音を立てるので、なかなか寝付かれません。おまけに、すごく寒さを感じる夜でした。



2010年08月18日(水)  <走行距離:130.83q>  <天気:晴れ> 
青森県むつ市〜北海道上陸(知内町) <北海道周回11日目> <走行37日目>
 昨夜の道の駅を朝6時に出発。この日は、紋別市を通りサロマ湖に沿って走る途中「網走常呂サイクリングロード」を見つけたので、早速、自転車専用道路を走りました。

 これまで経験した中でもっとも整備の行き届いた自転車専用道路でした。乗る人の安全面が考慮されていて、センターラインまで引かれていました。それに道路の多くの区間が樹木の”グリーンカーテン”で覆われています。なので夏場の暑い季節は、木陰の中を快適な環境で走れます。ましてや北海道ですから。ほんとに素晴らしい自転車道でした。

 この自転車道は、なんと26Kmも続く道です。3人のロシア出身の方も走っていました。軽い挨拶を交わしたものです。外人さんは、体格がいいだけに馬力もありますね。

 網走市街に出ると、数日前に出会った青年と再会しました。彼は、「昨夜、寝て起きてみると片側の靴が無くなっていたので、靴なしで網走までペダルを漕ぎました。今、街で靴を買いました。足が痛かったです・・・」と話してくれました。

 同じ体験談をお聞きしたことがあります。恐らく深夜、何かの動物が現れて、靴をくわえて持ち去って行くものと思われます。なので寝るときは、靴をテントの中へ入れておくか、外であればテントで隠しておく必要があります。

 自転車道を抜けるとそこはもう、ほぼ網走市街地です。自転車道で関東から来られていた私と同年代の男性との出会いがあり共に走り、この後、「網走監獄博物館」を訪れました。

 網走監獄博物館は、昭和53年まで実際に使われていた施設をそのまま残しているもので、見ていてもリアルでした。当時の政府が、思いどおりにならない人たちを政治犯として北海道へ送り込み開拓者として収監させていたそうです。その人たちが命をかけて220Kmにも及ぶ中央道路を開通させたわけです。北海道の開拓は、囚人によって行われたものです。

 寒くて過酷な自然条件のもとで、なおかつ人権無視で道路が造られていることを知りました。このことは、開拓を急ぐ政府が囚人たちを酷使のうえ、驚くほど短期間で中央道路を開通させ、その一方では多くの犠牲者をだしたことが記されていました。

 当時、収監中の吉村と言う男がこの監獄で4回目となる脱獄を図ったとされる監獄がそのまま残されていました。機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

 さて、見学を終えた後、変速機の調子がおもわしくないので、網走市街にある自転車店に立ち寄り調整。ワイヤがかなり伸びきっていることが原因でした。いずれにしてもデスクブレーキはいいとは思えません。

 この日は、斜里町内のやや陸地にあるキャンプ場でテント設営です。その前に、斜里駅の近くにある「グリーン温泉」に立ち寄り入浴。お風呂を済ませると、すぐキャンプ場に移動しました。

 キャンプ場に着くと、自転車道で出会った3人のロシア男性と再会しました。あいさつを交わしました。このあとすぐ北海道出身のライダーがやってきましたが、この青年ライダーと長く語り合いました。


2010年08月19日(木)  <走行距離:120.38q> <天気:晴れ>
斜里町キャンプ場〜標津町(海の公園)  <北海道周回12日目> <走行38日目>
 この日は、「北海道最大の難関」、と心していた知床半島を回り込みながら横断する日です。

 ほんとは昨夜の野営場所を「知床横断道路」の麓にある「道の駅うとろ・シリエトク」で泊る予定でしたが、思うほどの距離を稼ぐことが出来なかったので、その遥か手前のキャンプ場で野営することになりました。

 昨夜のキャンプ場を早朝に出発。知床半島の沿岸に沿って順調に進みます。坂道へ入る手前の海岸沿いに「道の駅うとろ・シリエトク」を横目にして通りすぎました。ここに至る道で、熊についての警告の看板を見ましたが、やはりこの地域全域に熊が生息しているので、どこに熊が出ても不思議でないことから絶対に食べ残しを置かないことの注意書きが目に付きました。

 北海道を走る過程で、もっとも警戒しながら走った道でもあります。自転車に装備していた鈴を鳴らしながら、時には笛を吹きながら走りました。

 「知床横断道路」入口に着くまでは平坦な海岸を走っていたのが、知床半島付け根に入ると一気に急な上り坂になります。ほんとに急激な上坂なので、途中海岸を見下ろすと、それまで走ってきた国道があっというまに眼下・遥か遠くに見えるほどに風景が一変したものです。さすがに途中から自転車を押しました。あまりにも長く続く上り坂なので、頑張りすぎると足のどこかに支障をきたす恐れがあるので、無理を避けることにしたのです。すると、こんどはクマの存在が気がかりになってくるものです。道路の両サイドは原生林ですから。

 峠を上るにしたがって羅臼岳が眼前に迫ってくるその迫力には、羅臼岳の偉大さに圧倒されたものです。この道を通った人でなければ実感できません。さすがに知床世界自然遺産であることをひしひしと感じたものです。この瞬間、それまでの苦労が一瞬にして消え去りました。

 峠から下りに入ると、私と逆方向から自転車で羅臼岳を目指して駆け上る多くの青年達と交差しました。その多くは団体走行のようでした。その光景は、少々誇張な表現ですがまるで蟻の大移動のようです。それほどに多くの若者が自転車で移動していました。

 羅臼岳を下り、羅臼町内を走っていると、民家の庭先に鹿の入っているのを見ました。それを見たご主人でしょうけれども、鹿に近付き「シィ〜 シィ〜!」といいながら鹿を追い払っています。私にとって初めて見る光景ですが、この地ではごく自然にある日常の有様なのでしょう。さすが北海道ならではの光景でした。でも、地元の方にとっては、この上ない迷惑な訪問鹿”であることは間違いありません。

 目的とする標津町内にある「しべつ海の公園」のキャンプ場でテントを設営しました(写真)。先着には、ここへ来る二日前に出会った私よりも2歳年配の男性と再会するが出来ました。彼は北海道を周回しているところでした。彼は「暫く刺身を食べていないから、買い出しに行いきます」と出かけたりしていました。

 お風呂は、近くにあるホテルで入浴。また夜になると、ライダー5人を含めて話が弾みました。一人は大阪の女性ライダーでした。過去、北海道でアルバイトをしたことが縁で、以後、北海道に魅了されて、こうしてバイクで訪れています、とのことでした。すごい行動力ですね。勿論、テントを設営して寝ていました。いやバイクを見ただけで羨ましく思いました。若いって、夢があってほんとにいいですね。


2010年08月20日(金)  <走行距離:169.41q>  <天気:晴れ>
標津町(海の公園)〜白糠町(道の駅しらぬか恋問) <北海道周回13日目> <走行39日目>
 標津町内へ至る海岸線を走っていると国後島が見えてきます。かつてのソビエト連邦時代に北海道の人々の置かれていたピリピリしたであろう当時の環境を肌で感じることが出来ます。

 この日は、標津町沿岸線を走り、本来は根室市街に行くつもりでしたが、すると同じ道を往復することになるので、寄り道をせず国道243号線をそのまま走り抜けました。この日も晴天で、さすがに暑さを感じる一日でした。とは言っても、大阪よりもはるかに涼しいものです。目指すは厚岸町内にある「道の駅厚岸グルメパーク」でしたが、立ち寄ってみると、なんと閉店状態でした。

 やっとの思いで着いたのに閉店です。施錠されているので、お手洗いさえ使うことができません。なので、ここで野営をすることはできません。気持ちを引き締めて次の道の駅まで走ることを決意しました。それ以外に選択の余地がありません。

 走行途中、時には路肩に座り込んで、昼食のパンを食べたりもしました。車はガソリンが必要です。ジテツウは、ガソリンこそいりませんが、とにかくお腹がすきます。なので、ほんとによく食べたものです。それでも体重は減る一方でした。

 次の道の駅は、釧路市街を通り越した海岸線に沿ってある「道の駅しらぬか恋問(写真)」です。市街地を抜けて道の駅に着いたときは、さすがに暗くなっていました。ほんとによく走った一日でした。疲れたよ〜

 道の駅に着くと、疲れを吹き飛ばすほどに嬉しい再会がありました。私が青森県大間から北海道に上陸する際に同じフェリーで乗り合わせた関東出身で日本一周中の青年です。嬉しかったですね(写真の青年です)。

 夜は、道の駅の中にお手洗いがありますが、そこにある楕円状の長椅子がりましたので、外は風もありテント設営も面倒なので、そこで彼と仮眠に入りました。長い旅を続けると、寝る場所や方法に贅沢は禁物です。様々な方法と手段を講じてでも寝床を確保する必要があります。とにかく建物の中で寝られる、そのことが最高の贅沢でした。なのでトイレが近くにあろうと、一向に気になりません。


2010年08月21日(土)   <走行距離:123.81q>  <天気:>
白糠町(道の駅しらぬか恋問)〜広尾町(広尾キャンプ場) <北海道周回14日目> <走行40日目> 
 昨夜泊った「道の駅しらぬか恋問」を出発。この日目指したのが、襟裳岬約51Km手前に位置する広尾町内にある「広尾キャンプ場」でした。

 襟裳岬を通り抜けるための最大の敵が雨でした。襟裳岬を確実に周回するためには、万が一、雨が降ったときでも雨宿りのできるための道の駅が岬の前後にあることが最大の条件と考えていました。でも地図上では道の駅が確認できません。あるのは、襟裳岬の前後にあるキャンプ場でした。でも、雨のことを計算しておく必要があります。

 案ずるより産むがやすし、ではありませんがこの日も天候に恵まれて、また天気予報では翌日も雨の心配のないことが分かりましたので、安心して前進することができました。運が良かった。

 この日は、移動中の一部区間に未舗装道路のあるのが確認できていたのですが、この道でとんでもない苦労を強いられました。土ぼこりを防ぐために路面には、小さな石がこれでもかとばかりに敷設されています。ところが、自転車にとって、この小石がとんでもないほどの悪魔でしかありません。つまり、石と石の間に車輪が入り込むとハンドルを取られるので、とてもではありませんが乗ることができません。いや、押しながらでもハンドルをとられて大変でした。それに加えて結構、車の往来があります。そのたびに視界を遮るほどの土ぼこりが舞いあがります。石が敷設してあるけれども、その効果はさほどでもありません。泣き面に蜂が刺す、とはこのことです。この状態が3Km続きました。恐ろしいほどの道でした。

 この日はキャンプ場を目前にして、沖縄出発で日本一周中の関東出身の青年と出会うことができました。自転車の後ろには別の荷台を牽引。そこにサーフィンボードを載せての移動でした。太平洋沿岸を北上したので、このあと日本海側を南下して沖縄のゴールを目指すところでした。それにしても自転車だけでも大変なのに、後ろに台車を牽引ですよ。とてもではないですが私には真似が出来ません。それに自転車に別の台車を牽引することは、すごく危険が伴います。

 夜は、青年が6名、年配の男性と私を含めた8名が集まり、久しぶりに楽しい一夜を明かすことができました。自転車談義に花が咲きました。年齢に関係なく話の輪に入れるのがほんとに嬉しいですね。

 ところが、別グループの青年でしたが、深夜になっても大騒ぎをするではありませんか。私はじっと耐えて寝ていましたが、すると関東から来られていた私よりも年配の男性が、耐えかねたのか、「自分たちだけのキャンプ場ではない・・・」と大喝一声。するとさすがに青年たちも静かになりました。

 それにしても今の青年は、非常識であることの判断が出来ないのですね。困ったものです。


2010年08月22日(日)  走行距離:115.79q>  <天気:一時小雨>
広尾町(広尾キャンプ場)〜日高町(みついし道の駅) <北海道周回15日目> <走行41日目>
 北海道を周回する過程で二番目に厄介であると思っていたのが襟裳岬でした。理由は岬の近くに道の駅がないので、雨が降ると寝場所の確保に困るからでした。幸い天候が良かったので、その手前のキャンプ場で野営をすることができましたし、この日も出発時点では雨の心配がありませんでした。

 襟裳岬手前の海岸線に入ると、「黄金道路」と言うのがありました。名所の由来はよく分かりませんが、走ってみて、だからと言って格段すごい道路だとの認識を持ったわけでもありません。とにかく「黄金道路」と名づけられています。

 ここを通り過ぎると雨が少々降り出しました。が、幸い通り雨のようなもので一時的でした。襟裳岬周辺には宿もありますし民宿もありました。他のところでも民宿が見受けれれましたので、いざというときはそこを利用すればいいので、寝床に困ることはありません。なかにはバス停を利用するケースもあるそうです。

 このコースは幸い平坦だったので助かりました。襟裳岬は、森進一(他、吉田卓郎)さんの「襟裳岬」の歌詞のイメージが強く頭に残っていますので、本当に「何もない」のイメージを持っての走行でした。いずれにしても真冬の襟裳岬は厳しいのでしょうね。それが率直な感想でした。

 襟裳岬から水平線を見詰めると、灯台の先端から遥か海の彼方へ、岩が点々と置かれたように並んであります。それは、まさに自然が織りなす造形美のようです。必見に値する風景です。まるで観光客をこの地へ招致するために神様が残してくれたもの、そのような気がしました。

 来てみて良かった、そんな思いを残して襟裳岬を後にしたものです。襟裳岬の先端を回り込むと三石という地名がありますが、そこに「道の駅みついし」がありますので、今夜はそこで泊ることにしました(写真)。

 道の駅に着くと、昨夜、同じ広尾キャンプ場で野営した関東の二人の青年と再会しました。ご覧のように隣接してテントを設営しました。彼らはひとつのテントで二人が寝ていました。ママチャリで北海道周回をしているところでした。ただ、空気入れも持たないで移動する等、やや無鉄砲な旅の仕方でした。


2010年08月23日(月)   <走行距離:123.32q>      <天気:15時頃からゲリラ雷雨>
日高町(みついし道の駅)〜苫小牧市街(割烹温泉・健康ランド) <北海道周回16日目> <走行42日目>
 昨夜泊った「道の駅みついし」を出発。天気予報では夕方から雨。明日も雨であることが予想できていました。ということで、この日は、雨から逃れるためには、とにかく苫小牧市街にある「割烹温泉いといの湯(24時間営業)」で泊る必要がありました。ただし、仮に、移動中の雨に濡れても、なんてことはない、そのようなことを覚悟のうえでの走行でした。

正午まではとても良い天気でした。とにかく苫小牧市を目指して、平坦なコースをひたすら走りました。

 もう少しで苫小牧市に入る手前でしたが、坂道で立ち止まっている20歳前半と思われる女性に出会いました。驚くことに彼女は日本一周を目指しているところでした。日本一周の条件として彼女は母と約束をしたそうです。それは母からの注文で「必ず、旅館で泊ること」が条件だったといいます。ところが彼女は、母との約束を反故にして、途中でテントを買い、今はテントで寝ながら移動していることを打ち明けました。勿論「このことを母は知りません」。このようなことを彼女が打ち分けてくれました。いや、それにしてもすごいなあと思いました。彼女は、この地点から札幌を目指していました。

 日本一周をしていると、かなりの上り坂があります。中にはどうしてもペダルを漕ぐことができないほどの上り坂もありました。このような経験上からして、女性が日本一周を目指すことは、不可能であると考えていました。加えてテントでの野営は、治安上から考えても賛成できません。ただ、キャンプ場を利用しながらの移動でしたら、少しは許されると思います。それも他にどなたか利用されていることが条件ですが。

 彼女は、関東の自宅を4月に出発したあと、南下して四国を回り九州へ渡ろうとしたものの、それでは北海道を走るころになると寒くなるので、進路を変えて北海道を先に周回しているところでした。このあと、本州日本海を南下する予定でした。

 彼女と別れる間際になると、少しずつ雨雲が空を覆ってきました。明らかに雨が間近であることが予想できます。このときの私の自転車に載せた荷物には、雨がいつ降ってもいいように常にビニールシートを覆っていました。これを見た彼女も「私もなにかを覆わなくてはいけない」、と言ってました。

 まぁ、私が知らないだけのことで、夏の国内では、様々なドラマが繰り広げられていることが分かります。

 13時過ぎでしたが苫小牧市街に入ると同時に、とんでもないほどの篠突く雨に襲われました。本当にあっと言う間の出来事です。同時に気温が一気に下がりました。このときの私は、半袖一枚のみでした。体温が一気に下がってきたようで、豪雨の中を一所懸命走っていたものの、あまりの寒さに震えてきました。

 走行していると、たまたま国道沿でしたが、1階が駐車場のマンションを目にしたので、その中へ入り込み長いシャツを着込んで再出発をしたものです。

 温泉に着いたのが14時30分頃でした。30分あまり雨の中を震えながら走っていたことになります。ここで初めて連泊をしました。それにしてもすごい雨でしたし、あまりの寒さに震えあがりました。これもまた生涯忘れることのできない思い出になりました。


2010年08月24日(火)  <走行距離:0q>  <天気:雨>
苫小牧市街(割烹温泉・健康ランド)  <北海道周回17日目> <走行43日目>
 この日の朝ですが昨日降り出した雨が、しとしとと降る程度でした。しかし、思い切ってこの日の走行を中止することにしました。旅を通じて、初めて走行中止にした日でした。

 写真は朝食です。結構ボリュームのある豪華な朝食でした。何といっても、冷ややっこがいいですね。爺だ〜

 温泉は国道沿いに面してありますので、すぐ分かります。設備についても、東北での温泉ほどではありませんが、浴室もいいし、リクライニングシートも良いし、休憩室も別にありましたので満点でした。なによりも朝食も安かったですね。
 
 この日は、朝食をした畳の部屋で、新聞を読んだり明日以降の走行日程やルート確認をする等で一日を過ごしました。至福のひと時でいた。それでも何だか、あっというまの一日であったように思います。

 苫小牧を通る時は、この温泉を利用してみてはいかがでしょうか。たまにはこのような時間も必要だと思います。


2010年08月25日(水)  <走行距離:121.14q>  <天気:晴れ>
苫小牧市街(割烹温泉・健康ランド)〜豊浦町(豊浦海浜公園キャンプ場) <北海道周回18日目> <走行44日目>
 この日は、とりあえず晴れてくれました。私の計画では、北海道であと二晩、野営をすれば本州へ渡ることができるはずです。
 
 この日は、室蘭市と伊達市を通り過ぎたところの豊浦町内海岸に「豊浦海浜公園キャンプ場」がありますので、そこのキャンプ場で野営をすることにしました。

 室蘭市に入ると室蘭駅前を通り、室蘭市街の場末にある「地球岬」を訪れました。途中、上り坂もありましたが、岬から眺める風景もまた格別です。内浦湾(噴火湾)の対岸遥か向かい側には、函館があります。その手前の対岸には、この日の野営場所の「豊浦町」があるはずです。湾一帯を見通すことができます。
 
 キャンプ場手前に「道の駅とようら」がありますが、ここを通る時、青森県大間からのフェリーで知り合いその後、別の道の駅で再会した青年と再び出会うことができました。彼とはここの道の駅でお別れになりました。以後、出会っていません。心の優しい青年でした。就職をしているのかな?
 
 豊浦町キャンプ場に着くと、さすがに8月も終わりを告げるかのように、広い敷地内のキャンプ場で見えるテントは、ふた張りと北海道のライダーのお兄さんと私のみの利用者でした。なんとなく寂しさの漂う北海道の季節になってきたことを実感しました。

 ライダーのお兄さんと話が弾みました。バイクにテントを乗せて、思いのままに走る。これが北海道で暮らしている醍醐味なんですね。羨ましい限りです。私の憧れていたスタイルで旅をされている訳ですから。彼はこのような旅の仕方に慣れていることが分かりました。

 ところで朝起きると彼は半袖です。その様子を見た私は「寒くないですか?」と問いかけると、「ちょうどいいですよ」と答えました。さすがに北海道の寒さに鍛えられています。このときの私は朝の冷え込みに少々震えていました。

 この場所にも温泉の施設がありました。そこで入浴もできましたので、本当に助かりした。施設が美しくて心地よく利用することのできる温泉でした。
 
 この日の夜、キャンプ場から山頂を見詰めていると、頂きに大きなビルに沢山の明かりが灯っているのが見て取れます。「あのような山頂に、なんでホテルと思われるようなビルがあるのだろうか?」と不思議に思いながら見詰めました。翌日、地元の方の情報から洞爺湖サミット時の会議場として使われた「ウィンザーホテル洞爺」であることが分かりました。だからなんだ・・・。

 以前、観光で昭和新山を訪れたこともありました。でも違う場所から見詰めると全然分からないものです。すっかり忘れていました。


2010年08月26日(木)    <走行距離:110.17q>      <天気:一時小雨>
豊浦町(豊浦海浜公園キャンプ場)〜森町(道の駅つど〜る・プラザ・さわら) <北海道周回19日目> <走行45日目>
 いよいよこの日が、北海道周回最後となる晩です。昨夜のライダーのお兄さんよりも先に出発しましたが、そのあと追い抜くときに彼が振り返って、私に手を振ってくれました。

 最終となる夜は、駒ケ岳がすぐ目前に見える位置に「道の駅つど〜る・プラザ・さわら」があり、ここでの野営となりました。
 
 実は、遥か遠くから見えていた山が駒ケ岳であることに気付きませんでした。というのか理解していませんでした。走行途中、警備員さんが立ってたので、「あれはなんという山ですか」と尋ねたことで、初めて駒ケ岳であることを知りました。

 走行していると、はるか前方・内浦湾(噴火湾)を背景にして駒ケ岳がくっきりと見えてきます。内浦湾の向かい側に見えるその風景はなんともいえない美しさでした。
 
 道の駅に着くと、関東からの旅人だったでしょうか? ご夫妻が乗用車で観光されているところに出会いました。奥様がとてもご親切な方でした。このご夫妻も、道の駅駐車場に乗用車を止めてから、一夜を明かしました。

 このような旅の仕方をされている方が結構おられました。ご主人が定年された後、ご夫妻で旅を楽しむ方が多く見られます。温泉はいくらでもありますから。ガソリン代とフェリー代があればいいわけです。食費は自宅にいても必要な訳ですから。
 
 この夜、写真正面のテラス内でテントを設営しました。床が板張りだったので最高の場所でした。芝生の上にテントを設営するべきでしたが、朝になると夜露でテントが濡れてしまうので野営は取りやめました。テントが濡れると収納が大変です。それを避けるために、テントを出来るだけ濡らさないための選択でした。
 
 ところで、私がテントを設営中、後から20歳くらいの女性が来ました。彼女は、数脚あるなかのテーブルに座り、そこでパソコンを打ち始めました。時間はよく見ていませんでしたが、恐らく23時ころまでいてたように思います。一度、深く眠り、途中で目が覚めたとき、まだ彼女がいてました。真っ暗になったなかで、しかも女性が独りでいましたから(実際は私が傍にいたことになりますが)。それでも大阪では信じられない行為です。ま、この地域の治安のよさを物語っていることでもあります。私が彼女の番犬”になりました。


2010年08月27日(金)  <走行距離:137.31q>  <天気:晴れ> 
森町(道の駅つど〜る・プラザ・さわら)〜青森県大間町  <北海道周回20日目(最終日)><走行46日目>
 この日は、北海道周回の最終日です。本当はもう少し余裕をもった走行をしたかったのですが、日本一周ともなると残された走行距離のことが常に脳裏に浮かびます。なので、ゆっくり走りたい、という気持ちよりも、とにかく北海道の周回を早く終わらせたい、その気持ちが強かったと思います。それに、これから先の11月の寒さも気になっていました。

 実は私、定年後、北海道に移住することを決意していました。候補地はいくつかありました。そのひとつとして、洞爺湖傍にある町で伊達市&駒ケ岳そばにある鹿部町・・・などでした。それが、この旅を通じて自身の目で、いくつかの地を見ることができました。やはり「いいな〜」と思ったものです。

 でも、実際、夏の北海道で20日間滞在したことになりますが、この間を通じて感じた北海道の気候は、夏であるにもかかわらず夜になると寒いことでした。これが真冬になればどれほどの寒さになるのだろうか?と考えた時、やはり私が北海道で暮らすのは無理であることを悟ったものです。
 
 北海道を約20日間かけて、自転車でほんとに一生懸命走り抜きました。そこで感じたことは、やはり北海道には壮大な自然が多く残されていることに感動したものです。もうひとつ、多くの若者が自転車で繰り出していることを知りました。北海道の夏って、こうなんだな〜、と思いました。自転車で走る若者やライダーの多いことに、ただただ驚きと感動したものです。まさに北海道は異国の地です。

 私も自動二輪で北海道の大地を走り抜きたい、その思いを強く持ちました。夏の北海道、自転車でもバイクでもいい、とにかく壮大な大地を走ることです。北海道の日本海側もいいですね。また広大な牧草地を眺めながらの走行もまた格別です。テントを持って、北海道を走ってみよう。手段はなんでもいい。
 
 さて、北海道の出発地点である函館に着いたのが、14時でした。初めはフェリー乗り場を間違えて、青森方面のターミナルへ入り込んでしまいました。すると、昨夜の道の駅で出会った関東出身のご夫妻と再会することができました。

 私が乗るフェリーの出航時間は17時でした。出船までは時間が十分あるので、お風呂に入るつもりでしたが、段取りが悪かったため結局お風呂に入ることができませんでした。

 船は大間に予定どおりの18時45分に着きました。真っ暗になった大間の町をしばらく、あてもなく走りました。そこでやっとの思いで着いたのが、本州最北端・大間崎にある町営の「大間崎テントサイト」でした(無料)。このときの時間が21時を過ぎていました。ここで、また一人の青年との出会いがありました。




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