<旅行記>

 


四 国(走行日数13日)

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旅行記

2010年10月28日(木)   <走行距離:59.4q>  <天気:晴れ〜雨>  
<四国周回1日目>
広島県(生口島の休憩所)〜愛媛県今治市道の駅今治湯ノ浦温泉) <走行108日目>
     瀬戸内海・生口島を6時30分に出発。最後の橋・来島海峡大橋を渡り終えたのが11時20分でした。若干、私の計算違いもありましたが、それにしても想像以上に時間のかかるルートでした。

 愛媛県今治市へ入り、少し走っていると雨が降り出しました。それも、あっというまに大雨になったので、コンビニで買った合羽を着込みました。自然乾燥が期待できない時期のうえに風邪も引やすくなるので、雨に濡れることはできません。

 目指す「道の駅今治湯ノ浦温泉(今治市)」の情報を求めるため、行きずりの男性に訪ねてみました。すると、道の駅が小さいので軒下で寝るのはちょっと無理のあることが分かりました。であれば進もうとしている逆方向にあたる「道の駅風早の郷 風和里(松山市)」の方が軒先も広いので、そちらへ進路変更することも一瞬、考えました。ただ、距離がかなりあるので、ちょっと無理かもしれないことも分かりました。

 ちなみに尋ねたこの男性も若いころ自転車で隋分走ったらしくて、すぐ近くにある駅舎の軒下で寝た経験があったことを語りました。だから、駅舎でも寝れますよ、との情報を得たのです。

 随分迷いましたが結局、今治市から当初予定通りの時計回りのコースを取ることにしました。なお、この雨は台風の影響によるものです。台風が太平洋側から四国上陸を伺っているもので、台風の進路となる逆方向の時計回りを走ることを選択したわけです。

 走行中、コインランドリーがありましたので立ち寄ると、そのあと、篠突くほどの雨になりました。それでも、洗濯を済ませている間に、幸い雨も小降りになってくれました。

 道の駅に着くと、日本一周中の二人の青年がやってきました。一人は大阪出身でしたが、徳島まで行けばそこから船で和歌山へ渡ることで終わりでした。この青年、寝る場所がないので近くのホテルに移動しました。もう一人の方は、関東出身で、まだこれから九州から沖縄へ向かうところでした。

 私が「これから寒くなるから大変ですね」と伝えると、彼が「死ぬことはないでしょ」と、いとも簡単な答えが返ってきました。若い人はすごいね。

 彼は自転車置き場にテントを設営して寝ました。私は売店の正面入り口に濡れないわずかな空間があったので、石の上でしたがそこで寝ることにしたのです(写真)。ところが傍に自動販売機があったため、お客さんがジュースを買うたびにでる「ゴロゴロ、ガチャーン」の音に悩まされたものです。

 夜にになると、車で旅行中の年配の旅人とも随分話が弾みました。それにしても、最悪の天候でした。

 重ねて説明をしておきますが、沖縄から鹿児島港へ到着後、テント関連一式を自宅へ送っているため、ひさしのないところで寝ることはできません。ということで、ご覧のような方法で寝床を準備しました。時には、長椅子を利用して寝ることもありました。



2010年10月29日(金)  <走行距離:95.87q>  <天気:晴れ>  
<四国周回2日目>
愛媛県今治市(道の駅今治湯ノ浦温泉)〜香川県三豊市道の駅ふれあいパークみの) <走行109日目>
     昨夜の「道の駅今治湯ノ浦温泉(今治市)」を6時45分に出発。昨日降った雨の余韻でしょうか、この日もかなり寒い朝でした。昨夜は石の上で寝たので、とにかく寒さが身にしみました。

 少しでも先へ進みたい、そのような気持ちでペダルを漕ぎましたが、この日はなぜか、なかなか思うほど前進しません。このようなときは、進んでも、進んでも、思うほど距離が延びないものです。

 愛媛県を越えて香川県側へ入ると、観音寺市の手前に「道の駅とよはま」があります。ここに立ち寄り休憩です。天候につても、大型台風14号が上陸する可能性があります。立ち寄った道の駅を見回すと、台風が上陸したことを想定しても、軒下を見る限り大雨でも安心できるスペースがあります。それに近くにはコンビニもあります。「いっそのこと、ここに留まろうかな」、との誘惑に駆られたものです。でも、やはり先を急ぐことを選択しました。

 坂道に入ったときですが休憩を兼ねて立ち止まり、チェーンに油を刺して荷台を確認してみると、なんとまたもや荷台支柱に致命的な亀裂が入っているではありませんか。

 亀裂の入った荷台を交換するための必要な手続きをすぐ済ませました。さいわい高松市内に大型イオン店があり、ここで修理の出来ることが確認できたので、ほっと一安心です。

 場所が高松市街ですから、出来るだけ近い場所まで接近しておく必要があります。が、その一方で亀裂もかすかに拡大しているのが見てとれます。すごく不安でしたが意を決してとにかく一歩前進することにしました。目的とする香川県三豊市にある「道の駅ふれあいパークみの」に着いたのが午後4時50分でした。

 私が道の駅に着いて少しすると、名古屋からバイクでお遍路参りをされているお兄さんがやってきました。すると、その少しあとで、彼と同年代と思われる男性が遍路参りのため、徒歩でやってきました。彼は栃木県出身でした。

 色々話し込んだ後、夜になるとまず名古屋のお兄さんが道の駅構内にあるお風呂に向かいました。ただ入館料が高くて、確か1,520円でした。なので残りの私と二人は入浴を諦めました。長時間入館するのであればいいのですが、入浴ごときで1,520円はあまりにも贅沢すぎます。

 お風呂も諦めていたそのとき、温泉の前にある駐車場に乗用車でご夫妻が来られました。なんと、ご主人が500円の特別優待券を2枚分けてくれたのです。栃木のお兄さんと二人揃って、急いでお風呂へ。
22時ころまで粘りました。そのあとは、皆さんそれぞれの場所で野宿でした。私は正面玄関です(写真)。


2010年10月30日(土) <走行距離:68.76q>  <天気:雨>  
<四国周回3日目>
香川県三豊市(道の駅ふれあいパークみの)  <走行110日目>
     この日の朝は、小雨まじりの天気でした。昨夜の二人と挨拶を交わしてお別れをしました。共に素晴らしい方でした。別れ間際に名古屋のお兄さんがスマートフォンを差し出して「こいつは、本当に賢いですよ。地図で表示されていない道でも表示しますから」と、しきりに感心していました。

 さて、自転車の修理がまだできそうにありません。明日についても修理が可能かどうか分かりません。なのでこの日出発してもあまり意味がありません。それに雨でしたから、この道の駅に留まることにしました。

 まず、道の駅の食堂でモーニングの食事をするため、開店と同時に入りました。ここで長い一日の時間調整をするための意味も含まれています。それにしても、ここのモーニングで出されたパンの生地がとても美味しかったですね。店内には、近くにお住まいの高齢者の方々でしょうか? 店内、多くの高齢者の客で賑わっていました。どうやらここがひとつの憩いの場になっているようです。

 荷物を載せたまま進むのは、かなりのリスクを負うことになります。走行途中、キャリアが破損する可能性があるからです。修理依頼のイオン高松店で荷物を一時預かりをしていただくことになっていますので、道の駅を通じて寝袋以外のすべてを宅配することにしました。

 すべての要件を終えると、この道の駅のすぐそばに四国八十八カ所「弥谷寺(七十一番札所)」がありましたので、そこへお参りをしてみました。いや、それにしても素晴らしいところでした。何だか心に響くものがありました。栃木県のお兄さんは、七十一番札所まで回られていましたので、すごいことだと思いました。なんだかお遍路参りをされる方の心理が良く理解できたものです。

 腰痛がなくて条件が揃っていれば、私も是非、挑戦してみたい心境になったものです。まだやる気かよ〜


2010年10月31日(日)  <走行距離:67.86q>  <天気:曇り〜雨>  
<四国周回4日目>
香川県三豊市(道の駅ふれあいパークみの)〜香川県香西香西イオン店) <走行111日目>
     朝起きると、なんだかすごく曇っています。でも、走るにはなんとかなりそうだし、それにもう少し高松市街に近いところまで接近しておく必要があります。ということで、天候は悪いものの出発することにしました。
 
 若干、嫌な道のりもありましたが、なんとか高松市街地にある栗林公園のある中心部へ入ることができました。本当は栗林公園に立ち寄りたかったのですが、このときは既に今にも雨が降らんばかりの悪天候へと変わっていたので、とにかく「さぬき市」にある「道の駅源平の里むれ」へと急ぎました。でもこれが失敗。
 

 高松駅を過ぎて徳島県側へ向かっていると、雨が降ってきました。道の駅へ着く遥か手前になると大雨です。道の駅に着くと靴はびしょ濡れです。「今夜はここで寝よう」と思いきや、修理依頼のイオン店に確認を求めてみると、なんと「明日は職人が休みですから、これから来られますか」との答えです。雨が降ってるのに、しかも市街からやっとの思いで道の駅に着いたのに、また市街まで引き返さなくてはいけません。結構な距離がある上に雨でしたから嫌でしたね。でも、仕方がありません。雨の中を「香西イオン店」まで、また引き返すことにしました。

 香西イオン店に着いたのが15時10分です。ここで破損寸前の荷台を交換。残りの距離を万全な態勢で帰宅するため、前後輪のチューブとタイヤの取り替え、それに、ブレーキシューも交換しました。

 修理のすべてを終えて外に出てみると、外は真っ暗なうえにまだ雨が降っています。一度行った道の駅へ引き返すには、あまりにも条件が悪すぎます。それに道の駅までは、そこそこの距離があります。そこで今夜は香西イオン店の軒下で寝ることを決断したのです。

 イオン店の警備員さんを通じて事情説明をしてみると、なんと、意外にも簡単にお店の軒下の長椅子で一晩明かすことが許されたのです。

 私の考えでは、この方は恐らく「上司に相談してみますので、少々お待ちいただけますか」、こんな答を覚悟していました。意外でしたね。それにしても自身の判断で許可を下す、その決断力に恐れ入りました。鹿児島での出来事とは雲泥の差です。それとも、この方が警備責任者だったのかな?

 どのようなことでもそうですが、結果責任ばかりを求めるあまりに、自分自身で判断を下せない、人の多いことに気付きます。それをこの方は、自分の判断で即答してくれたわけですから。恐れ入りました。

 重ねて説明をしておきますが、沖縄から鹿児島港へ到着後、テント関連一式を自宅へ送っているため、ひさしのないところで寝ることはできません。ということで、この夜は、イオン店外にある長椅子を利用して夜を明かすことにしました(写真の長椅子)。


2010年11月01日(月)   <走行距離:99.65q>  <天気:雨〜晴れ>  
<四国周回5日目>
香川県(香西イオン店)〜徳島県阿南市道の駅公方の郷なかがわ) <走行112日目>
 深夜から朝にかけて目覚めるたびに寝袋から顔を出して外を覗くと、昨夜からの雨が降り続いています。それでも「私の無理を了承してくれた警備員さんに迷惑をかけてはいけない」との思いから、朝4時30分にイオン店を出ました。

 まだ結構雨の降っている中を、徳島市街を目指して夢中で走りました。外は真っ暗でした。結局、雨が上がったのは徳島県へ入ってからでした。

 徳島県を走っていると手打ちうどんの看板が目に付きました。なぜかしきりにうどんが食べたくなりました。実はちょと前に昼食用のパンを食べたばかりです。でも別腹、と都合のよい解釈でお店に入りました。

 うどんを注文したあと、何気なく壁際に目線が向きました。すると、額が掲げてあります。そこには「その時の出逢いが人生を根底から変えることがあるよき出逢い」と書かれていました。いや、それにしてもいい文言です。何だか、うどんが無料で食べられた、そのように得した心境になったものです。

 お店をでると気分良く徳島市街へ向けて出発したものです。国道11号線を徳島市街へ向かうため吉野川に架かる吉野川大橋を渡るとき、すごい強風です。やっとの思いで渡りました。橋から見る徳島市街を流れる吉野川の川面の水がまるで海のようにうねりながら白波がたっていたほどでした。

 この日、徳島県阿南市にある宿”となる「道の駅公方の郷なかがわ」に着いたのが14時30分でした。走ることを止めるには、まだかなり早い時間です。あわよくば次の道の駅まで前進できるのでわ、と一瞬、考えましたが地元の方が「それは無理やわ、暗くなるよ・・・」との静止の言葉もありましたので、残された距離を考えると留まることにしました。

 近くにコンビニもあります。ここで夕食を買い食事を済ませると、ついでに翌日の朝食と昼食用のパンも買っておきました。それにしてもコンビニの存在って、旅人には、本当に助かります。全国津々浦々、随分便利の良いものが出来たものです。

 寝た場所は道の駅の長い通路の一角でしたが、この長い通路が煙突となって風が容赦なく吹き抜けるのが辛かったものです。トイレの一角に寝れるだけのスペースがあったので、よほどそこで寝ようか?と考えたものです。やはり迷惑をかけるとの思いから諦めました。

 写真で見える長椅子をもうひとつ寄せて寝ました。すると、深夜、お店に商品を搬入するため店の方が訪れました。が、四国八十八か所の土地柄です。私が声を掛けたところ、愛想のよい言葉がかえってきました。さすが四国です。


2010年11月02日(火)  <走行距離:68.31q>  <天気:晴れ>  
<四国周回6日目>
徳島県阿南市(道の駅公方の郷なかがわ)〜徳島県海部郡海陽町道の駅宍喰温泉) <走行113日目>
     昨夜泊った「道の駅公方の郷なかがわ」を出発すると、走行暫くは意外と平坦で広い道が続きます。

 時折、黙々と歩かれているお遍路参りの姿を目にしながら「がんばってね〜」と、その都度、声をかけながら走ったものです。お遍路参りの年齢は様々で、それこそ老いも若きも関係ありません。人それぞれに強い思い入れがあるのでしょう。

 四国は、九州や沖縄、それに北海道と比較すると、観光地としての魅力に欠けているように思います。でも神様って、見捨てたものではありません。その四国の今一劣ってしまった観光について、客を招致する手段として弘法大師様が後世に「四国八十八カ所お遍路参り」という大きな財産を残してくれました。このおかげで、四国四県、わけ隔てすることなく、多くのお遍路参りをされる方々が訪れることになりました。

 一度、車でもいいですが四国を回ってみると分かると思います。今や全国からお遍路参りに四国を訪れています。しかも必ず四県を立ち寄るように工夫されているわけですから。関東からお越しの方も結構多いそうです。
 
 さて、走行途中、国道傍に面した所で、狭い畑で草取りをされている老人を見かけました。畑の傍には1本の柿の木があり、沢山の実が生っています。私は立ち止まり老人に「ご苦労様です。その柿は食べられるんですか」と尋ねてみました(食べられるのなら、分けて貰おうと考えていたのです)。すると、老人が「渋柿だよ。甘柿なら、人間よりも先に猿が取ってしまうから、とっくに無くなっているよ」と、答えたのです。その言葉を聞き、内心笑ってしまいました。同時にガッカリしたものです。

 確かにそのとおりです。なるほど、だから柿がいつまでも生っているんだ・・・と納得したものです。

 高知県へ入る手前に「道の駅日和佐」がありました。留まる場所としては最高のところだと思うほどでした。ここの道の駅の休憩所で年配の男性が座り込んでいました。巡礼中のところです。話を聞くと、神戸淡路大震災以後、お遍路参りをずっと続けているとのことでした。かなりの高齢で、風邪気味なので、既に道の駅で二晩泊っていることを打ち明けられました。もしかするとこの方、あの忌まわしい震災の時に辛いことがあったのかもしれません。

 室戸岬周辺の海岸沿いでは、弘法大師様ゆかりの場所が幾つかありました。

 この夜の寝床となる所は、徳島県海陽町にある「道の駅宍喰温泉(写真)」です。高知県との県境に近い位置にあります。海岸の傍にあり、道の駅の隣にはホテル兼温泉の施設もあります。温泉でゆっくり入浴、夜は道の駅の食堂の長く突き出た軒下で寝ることができました。

 とにかくこの時期になると、寝袋だけでは寒いものです。


2010年11月03日(水)   <走行距離:103.83q>  <天気:晴れ>  
<四国周回7日目>
徳島県海陽町(道の駅宍喰温泉)〜高知県香南市道の駅やす) <走行114日目>
     宍喰温泉を早朝に出発。昨夜の道の駅を少し進むとトンネルがあります。これを抜けると、すぐそこは高知県東洋町になります。ここから室戸岬までの海岸線は平坦な道が続きます。この日もよくお遍路参りの方に出会いました。やはりこの時期のお遍路参が、気候的にもいちばんいいのでしょうか。

 室戸岬は岬先端・国道そばの高台にあります。灯台に行くには車で上れるルートもありますが、それでは遠回りになるので、四国二十四番札所(最御崎寺本堂)へ向かうための山道(お遍路道)がありましたので、その道を歩きました。

 きつい傾斜の山道を上っていると、「この苦しみが糧となる」と書かれた木札が、小枝に吊るされていました。お遍路参りをされる皆様への励ましの言葉です。勇気の力が全身からみなぎります。ただ私の場合は、これまで鍛えた脚力と体力により、歩いての山道もなんら苦になりません。すごいものです。

 室戸岬灯台から太平洋を見詰めると周辺一帯が大海原です。眼前に広がるのは、眩しいばかりのコバルトブルーに輝く海です。でも灯台の傍から太平洋を見詰めると、すぐ下山しました。この後、海岸線に沿って走りながら、この夜の寝床となる高知県香南市にある「道の駅やす」へ向けて一目散でした。

 道の駅遥か手前になると自転車専用道路がありました。意外と走りやすい道です。なんといっても自転車道は、安全に走ることが出来るのが嬉しいですね。ただ、走行途中ですが、見たくないこの土地の醜い光景を目にしてしまいました。それは、いたるところで見るゴミの山でした。私も高知県出身なので、とても残念でなりませんでした。

 今、多くの若者が自転車で日本一周をされています。勿論、異国の方もおられます。そのとき、無作法に捨てられたゴミ山の光景を見ると、きっと驚くはずです。あれは、テレビを通じて見るどこか異国の光景です。この旅を通じて、初めて見た嫌な醜状でした。同じ高知県人からしても、一刻も早く改善するべであることを感じました。これが出来ないのであれば、自転車道は廃止するべきです。恥ずべきことです。

 さて、道の駅の途中で、ホテルのお風呂へ入るつもりでその場所を目指したものの、そこにうまくたどり着くことができません。時間的にも余裕がなくなったので、お風呂は諦めて道の駅へと急ぎました。

 この日の寝床は、道の駅そばを走る「土佐くろしお鉄道駅」橋梁下に正方形の座イスがありましたので、そこを利用しました(写真)。道の駅にある周辺は、とても感じのいいところです。ただ、とにかく夜になると冷え込みが厳しくて、そのことが辛かったものです。道の駅に着いたときは、ほぼ暗くなる寸前でした。


2010年11月04日(木)   <走行距離:94.27q>  <天気:晴れ>  
<四国周回8日目>
高知県香南市(道の駅やす)〜高知県高岡郡四万十町道の駅あぐり窪川) <走行115日目>
    この日の朝も晴天です。この日は桂浜に立ち寄り、沿岸線56号線から四万十町を目指すものです。

 桂浜へ着くと、とびきりの快晴で雲ひとつ見えないほどでした。快晴、ということもあるでしょうけれども、本当に桂浜は美しいと感動したものです。桂浜の傍に坂本竜馬銅像がありますが、高台の松の木の葉隠れを通して見える桂浜の景色は絶景です。またどこかの豪華客船が入港しているところでした。

 できればもっと観光を楽しみたかったのですが、時間に制約がありますので、しぶしぶの出発です。

 高知市内を抜けて暫く走ると須崎市へと入ります。この市街地を抜けると、目的とする道の駅までは、厳しい上り坂が待ち構えています。四国沿岸線を周回する過程でもっとも大きな峠越えとなるルートです。

 この峠を越えると国道沿いに一軒のうどん屋さんを見つけました。早速、そこに立ち寄りました。お店のご主人の話から、昨年の夏、大阪の青年がこの峠を頑張って上りすぎたため、アキレスけんを痛めてしまいタクシーで近くの駅まで搬送されたことを聞きました。これは他に、沖縄でも南に当たる辺戸岬のアップダウンのあるルートを自転車で走っていて、やはり足がつってしまい走れなくなったことの体験談を聞きました。長距離の旅で無理は禁物です。仮に体調異変を来せば、その時点でご破算になります。

 道の駅あぐり窪川を数キロ手前にして、関東出身で年配の男性がお遍路参りのところを抜き去りました。この方、本当は私と同じ道の駅を目指していましたが時間的に無理があるので、駅あたりで寝ることをお聞きして別れました。

 道の駅あぐり窪川へ着いた時は夕暮れになっていました。道の駅の向かいにログハウスのお店がありましたので、寒さをしのぐ意味も含めてそこへ入り、コーヒーを飲みながら30分ほど居座りました。

 夜は、道の駅の屋根つきのある長い渡り廊下にある長椅子で寝ることができました。

 写真は薄暗い中で寝た長椅子です。場所は申し分なかったのですが、この道の駅は山頂に近いところにあるため、深夜になるとものすごい冷え込みで、寒さに悩まされたものです。深夜、あまりの寒さに耐えきれず、暖かい缶コーヒーを飲むほどでした。寒かったよ。


2010年11月05日(金)  <走行距離:121.67q>  <天気:晴れ>  
<四国周回9日目>
高知県高岡郡四万十町(道の駅あぐり窪川)〜高知県土佐清水道の駅めじかの里土佐清水) <走行116日目>
     昨夜の冷え込みで、やや睡眠不足になっていました。早朝に起きて出発の準備をしていると、年配のお遍路参りの男性が歩いてやってきました。この方、よく見ると昨日の夕方、走行中に出会った方でした。どうやらこの手前にある道の駅のような売店の傍で寝たそうでした。

 この時間に、この道の駅に着くということは、相当早い時間に歩き出したのでしょう。

 私は、道の駅を6時ジャストに出発。少し進むとトンネルがありましたが、その手前に3℃を示しすデジタル表示盤が目に付きました。6時を過ぎた時間で3℃を表示していたので、4時ころだと少なくとも2℃以下であったことは間違いありません。それは寒いわけです。

 この日の走行は、足摺岬までの沿岸を走りながら、土佐清水市を目指すものです。昨夜の道の駅を出ると、そこから暫く下りに入ります。暫らくすると四万十市へ入ると、市街を流れる四万十川を渡り、そのあとは一路、足摺岬を目指しました。土佐湾を両サイドから包み込むようにある東の室戸岬に対して、西には足摺岬があります。高知県を象徴する二つの岬です。

 足摺岬は、室戸岬と異なり沿岸線に沿ってある足摺サニーロードを過ぎると、ちょとばかりアップダウンを走る必要があります。足摺岬に着いたのが15時15分でした。

 岬の手前で私と逆方向から走ってきた関東出身の青年と出会いました。彼もまた日本一周を目指しているところでした。彼は、昨夜私の泊った道の駅まで走るとのことでした。いくらなんでも無鉄砲な走行距離としか受け取れません。それにしても若い方は、勢いがあります。

 私が「気を付けてね」とお別れの言葉を贈ると、彼も「おじさんも気を付けてね」と言葉が返ってきました。

 足摺岬で少々観光すると、香川県出身でお遍路参りをされている男性との出会いがあり、少々話し込みました。

 足摺岬から土佐清水市街までの岬の先端については、道が狭い上に険しい道が続きます。私の走る方向はほぼ下りになっていましたが、この道を逆に走るとこれはかなり面倒であることが分かりました。つまり今治市からだと瀬戸内海に沿って徳島側へ向っての時計回で周回をされるのが賢明でしょう。

 土佐清水市街を抜けた頃には、既に真っ暗になってしまいました。この時期、日の暮れるのが早くなりました。この状態で「道の駅めじかの里土佐清水」へ着いたのが18時でした。ライトを灯して夜の道をひたすら走りました。

 道の駅に着くと、既に先着がいました。関東出身の40歳代と思われる男性で、お遍路参りをされているところでした。彼は長椅子を並べて、そこで寝袋に入り仮眠に入るところでした。

 リュックの重さが30Kg余りあるとのことでした。持たせてもらいましたが、確かに重たかったですね。彼は素晴らしい体格をされていましたので、耐えることができたのでしょう。それでも、実際はもっと重いときがあったそうです。私には無理だ。

 とりあえずこの日も晴天でしたので、助かりました。ただし、数日続いた晴天もそろそろ崩れる模様です。
とにかく、この日の夜も道の駅の軒下で、いつもの要領で寝袋に入り寝ました(翌朝の写真です)。


2010年11月06日(土)  <走行距離:53.82q>  <天気:晴れ>  
<四国周回10日目>
高知県土佐清水(道の駅めじかの里土佐清水)〜高知県宿毛市国民宿舎椰子) <走行117日目>
     目的の場所に着くには時間が早すぎます。そこで時間調整のため、昨夜の道の駅を7時20分に出発しました。

 太平洋に面した沿岸に沿って整備された「足摺サニーロード」とやらの道を、快適に走ることができました。途中、お遍路参りのご夫妻が海岸そばの小高い丘のお遍路さん専用の休憩所で中睦まじく、おにぎりを食べている光景が目に付きました。中睦まじい夫婦の姿は、他人事とはいえ見ていても微笑ましくてなんだか嬉しくなったものです。

 走行途中「道の駅大月」に立ち寄り、そこの二階でゆっくりとモーニング。道の駅では、安い鮮魚が陳列されていました。実に安い、と羨ましく思ったものです。

 更に目的地を目前にして「道の駅すくも」があり、宿に着くにはまだ時間も早いので、そこで「かつおのタタキ定食」を頬張りました。それにしても良く食べます。自転車の旅は、食事がガソリンと同じです。それにしても環境の素晴らしい道の駅でした。

 走行途中で洗濯を済ませて宿に着いたのが、16時でした。「国民宿舎椰子」は宿毛市街の場末にあります。それだけに環境については申し分ありません。宿毛湾入口の小高い丘に、ぽつりとある宿です。宿からは、美しい夕日や海も眺めることができます。

 さて、この日は、久しぶりに宿で泊ることになります。私の出身地ですから(実際はもっと片田舎ですけれども)、近くで生活を営まれている同級生と再会の意味も含めて「国民宿舎椰子」で泊ることにしました。弟が予約を入れてくれたものです。家の中、それも布団で寝られるのは、心から幸せな気分になりす。それに天気予報では、この日の夜から雨になっていましたから。

 到着の後は、疲れを癒すため、まず入浴。夜は家の中で寝られるし、宿で食事、おまけに温泉風呂です。なんだか殿様気分です。夕食は、久しぶりに親戚の同級生と共に食事を済ませるとお別れでした。このときコンパクトな毛布を持って来てくれましたので、これから後の走行において夜の寒さをしのぐうえで随分助かりました。とにかく夜になると寒かったですから。


2010年11月07日(日)  <走行距離:70.63q> <天気:雨〜曇り>  
<四国周回11日目>
高知県宿毛市(国民宿舎椰子)〜愛媛県宇和島市道の駅うわじまきさいや広場) <走行118日目>
     朝起きて外を見ると、嫌な雨が降っています。天気予報のとおりになりました。真夏と違って濡れる訳には参りません。

 宿で朝食を済ませると、雨の中をコンビニで買った合羽を着てすぐ出発です。実は日本海側を走っている時にスーパーで雨合羽を買っていましたが、夜間寝るときの防寒具として使っていました。なのでコンビニで買った雨合羽を着込んでの出発でした。

 ものすごい雨の降り方をしたかと思えば、また一時的に降りやむ時もありました。かなりコンデーションの悪い中、兎に角一所懸命、走ったものです。雨の中を団体で移動中のお遍路参りの姿も見られました。

 走行途中、愛媛県内に入ると今は亡き叔母の自宅の傍を通り越しました。お墓もすぐ近くにあります。しかし、立ち寄ることなく通り越しました。申し訳ありません。

 目的の道の駅は、宇和島市街にある「道の駅うわじま きさいや広場」でした。ここに着いたのが16時ジャストでした。宇和島市街に着くころには幸い雨も上がってくれたので助かりました。

 道の駅は、港の傍・市街地にあるためか都会的センスのあるところでした。食料も豊富にあるので、夕食に不自由することもありません。また、すぐ近くには、コンビニもあります。日曜日であることから、多くの客で賑わっています。ここで夕食を済ませると、夜は道の駅構内にある足湯のある長椅子を利用して寝込みました(写真)。時間外になると、温泉の水は抜いています。


2010年11月08日(月)  <走行距離:81.83q> <天気:晴れ>  
<四国周回12日目>
愛媛県宇和島市(道の駅うわじまきさいや広場)〜愛媛県西宇和郡伊方町道の駅伊方きらら館) <走行119日目>
     昨夜の「道の駅うわじまきさいや広場」を5時50分に出発です。

 この日の走行日程は、愛媛県佐多岬半島の先端にある「佐多岬」を訪れた後、岬の入り口に近いところにある「道の駅伊方きらら館」まで戻り、そこで野営する予定での出発でした。
 

 ところが、私の計画はものの見事狂いました。西伊予を越えると予想以上の峠越えとなるミカン山が待ち構えていました。ここを越えるのに、必要以上の時間がかかりました。そのため、この日の夜泊る予定の道の駅へ着いたのが11時15分になっていたのです。

 11時40分には道の駅を出発。でも佐田岬へ続く道は緩やかな上り坂がだらだらと続くものでした。ここでまたもや必要以上の時間を要することになったのです。

 日本一周を目指す方には、九州・大分市の少し離れにある佐賀関〜佐田半島・三崎間のフェリーで四国へ渡るケースもあるそうです。この道が平たんでないことも心に留めておくべきです。

 走行途中で「大久展望口」があります。ここから岬の先端までの景色を望むには、絶景の場所です。道の駅から展望口まで約14Kmあり、更に展望口から佐田岬灯台駐車場まで25Km、駐車場から灯台まで歩く必要があります。

 平たんでない道のことも含めて、往復歩く時間等を逆算すると、道の駅へ戻るころは、真っ暗になることは間違いありません。本来は半島入口に10時ころにはたどり着くべきでした。テントを持ち合わせていないので野営も出来ません。

 往復するのが無理、と判断した私は、展望台のあるところから、この夜泊る道の駅まで引き返しました。ただ「道の駅伊方きらら館」には、食べるものがありませんので、ひとつ手前にある「道の駅瀬戸農業公園」に立ち寄りそこで夕食を済ませることにしました。

 道の駅へ戻ると、日本一周を目指している青年がやってきました。彼と自転車談義、そのあと朝が早いので彼はテントを設営。私は、道の駅の裏で使われていない長椅子を見つけたので、それを引っ張り出して軒下で寝ました(写真)。

 この日の夜は、上空を鉛色の雲が一面覆い、海側からは「ヒュー〜、ゴ〜」と不気味なまでの音を立てるほどの天候になってきました。おまけに一時、雨が降るなど、とにかく想像を絶するほど強い風が吹きつける夜でした。山が鳴る!そんな感じでした。


2010年11月09日(火) 走行距離:92.23q>  <天気:雨〜曇り>  
<四国周回13日目>
愛媛県西宇和郡伊方町(道の駅伊方きらら館)〜松山市大浦道の駅風早の郷風和里) <走行120日目>
     道の駅を6時10分に出発です。外は暗くて道の駅の街灯がなんとも、もの寂しさを感じさせる朝でした。昨夜の青年はまだ寝入っている様子でしたので、言葉を掛けずに先に出かけました。彼は、三崎から大分県までフェリーで九州へ渡るそうでした。

 この日、目指すべきところは、今治市街の外れにある「道の駅風早の郷 風和里」でした。海岸線に沿う国道を走りました。

 昨夜の不気味な雲と風は、この日の悪天候の予兆でもありました。走行しているうちに、瀬戸内海から陸に向けて吹きつける風雨のため、これが進行の妨げとなりました。海岸線の国道の多くの場所で見られた光景ですが、防波堤に打ち付ける波しぶきが道路一面を洗い流す程です。まさに潮雨”でした。とんでもないコンディションになりました。

 幸い追い風であったことが、せめてもの救いでした。向かい風であったなら、最悪でした。

 あまりにも激しい風雨と打ち付ける海水に耐えかねて「道の駅ふたみ」へ立ち寄りました。斜め横から吹き付ける雨で、道の駅外周がびしょ濡れです。ここの道の駅では立ち止まれる環境ではありません。休憩室に入ると持参していたパンで昼食を済ませると、すぐ出発しました。

 幸い松山市街地へ入るころには、雨も上がってくれました。市街地で洗濯も済ませた後、やっとの思いで四国最後の夜となる「道の駅風早の郷 風和里」へ着いた時は夕方になっていました。それにしても最悪の天候でした。

 道の駅の国道を隔てた向かいにカフェがあります。いつものように寒さから逃れるためにカフェに入りました。このあと、道の駅の軒下にあるテーブルの長椅子で寝ることができました(写真)。


2010年11月10日(水)  <走行距離:74.12q> <天気:晴れ>  
<四国周回、最終日、14日目>
松山市大浦(道の駅風早の郷風和里)〜広島県生口島生口島内の休憩所) <走行121日目>
     道の駅を8時ジャストに出発。この日は、いよいよ四国を離れる日です。悪夢の風雨も静まり、この日は安心して走れる天候になりました。

 今治市のしまなみ海道入り口に着くと、そこからは再び同じルートを走ることになります。しまなみ海道を一気に走り抜けることは、不可能でした。なので四国へ渡る時に泊った同じ休憩所で泊ることにしました。何といっても建物の中ですから、深夜の冷え込みをストレートに受けることはありません。

 この日、しまなみ海道に入る手前のコンビニで、愛媛県の男性との出会いがありました。そこで彼から貴重なお札を頂きました。自転車の旅をしている私に「弘法大師さまが交通安全を守ってくれますから、これを持って行きなさい」と差し出してくれたのが、大切なお札でした。私にとってこれもまた何か目に見えない糸で結ばれたご縁だと思いました。お礼を告げてお別れをしました。

 生口島内にある休憩所へ着いたときは、夕方になっていました(写真)。なんといっても家の中で寝られることに越したことはありません。この休憩所のあったことで、往復、助かりました。ここもまた、私にとって大切なご縁の場でありました。

 自転車で走る以上、是非一度は「しまなみ海道」を走ってみたいとの思いがありました。それが、まさか日本一周を通じてここを通る等、考えてもみなかったことです。夢が実現できました。






広島県生口島休憩所